オーストラリアは何故捕鯨に強硬に反対しているか。

2013年7月16日 捕鯨裁判 結審
南極海での捕鯨を巡り、日本が国際司法裁判所(ICJ、オランダ・ハーグ)で豪州に訴えられた裁判は、日本側による最終弁論で、主要な手続きを終えた。
「商業目的で、殺さなくてもいい鯨を捕り続けている」と非難してきた豪州に対し、
日本は調査目的の捕鯨に合法性があると主張した。

日本にとってはICJで争う初の訴訟。
判決は通常4~8カ月後に出る。判決には上訴できない。

じゃ、何故オーストラリアが強硬に捕鯨に反対しているのか。

それは、罪に対しての贖罪なのですね。
オーストラリアの建国時代のメーンの商品は、鯨油だった。
彼等は、アメリカンバッファローの毛皮のために絶滅寸前まで乱獲したように

ニュージーランドと共に1963年までに約4万頭を油のためだけに、殺し捲った。

もちろん欧米も同じ目的で乱獲したために、彼等の云う資源の枯渇を恐れて
1946年(昭和21年)国際捕鯨取締条約が生まれた。

皮肉な事に、その頃から、安価な石油製品が出回って、欧米、豪州、ニュージーランドが捕鯨から撤退した。
彼等には、鯨を食べるという習慣がない。かわいそうだから、保護しよう(贖罪意識)から始まった。
1976年豪州は捕鯨中止。
1980年、鯨保護法施行
1999年、環境保護・生物多様性保護法を制定。
あともひとつ、年間150万人以上のホエールウオッチグのために
観光客が来ているのも事情に加えていいかな。

捕鯨禁止は、典型的な欧米文化の押し付けだと、ぼくはずう~っと思っていました。

DJの小林克也が、ラジオで
オリビア・ニュートン・ジョン(イギリスーオーストラリアーアメリカ国籍)がイルカ殺生反対で日本に来ないと
伝えられた時から、嫌いになってしまった。

※古い記憶だけで書いていますので、定かではありません。
※1978年 - 2度目のソロ公演。4月の公演は彼女が日本のイルカ駆除に反対したため延期となり、半年後に開催された(後に壱岐の漁民が生きる為の手段であった事を知り、日本公演の際にイルカと人間が共存できる研究の為に千葉県の海洋生物研究所に2万ドル寄付した)。

オーストラリアの歴史

先住民族アボリジニから始まったオーストラリア

先住民アボリジニは、5~6万年前に、東南アジアから渡来。
長い間に渡り、狩猟・採取生活を続けていました。

外界との交流
15世紀に入ると、パプアやインドネシア、中国からの貿易船が上陸。

ヨーロッパ人の到来

1770年に、イギリス人探検家、ジェームズ・クックがシドニー郊外のボタニー湾に上陸し、東海岸一帯を「ニューサウスウェールズ」と名づけ、イギリス領とすることを宣言。
イギリスは、1788年1月26日にこのニューサウスウェールズを囚人流刑の為の植民地とすることを決定し、
総督アーサー・フィリップ率いる流刑船団が上陸しました。 
アボリジニは、奴隷にされたり、殺されたりして急速に滅亡していきました。 
現在1月26日「オーストラリア・デイ」は建国記念日とされています。

白豪主義

1803年にはイギリスはタスマニア島の植民地化を宣言し、流刑制も廃止され、自由移民の数も増えていきました。 この頃から、ニューサウスウェールズでは砂金、ビクトリアでは金鉱が発見され、ゴールドラッシュ時代。 
世界中から大勢の移民が流れてきました。 しかし、そのゴールドラッシュの最中に、オーストラリア独立のきっかけになる、最大の反乱、「ユーリカ砦の反乱」(ビクトリア植民地の鉱夫達が重税に怒り起こした反乱)が起き、
その後も金を巡るトラブル続きとなりました。大量に流れ込んできた中国人移民を退け、
アジア系移住者を排除する、白人優位の白豪主義が推進された。

多文化国家へ

ついに1901年、オーストラリア連邦が成立し、イギリスから独立を果たしました。
この後、2つの世界大戦に参入。 1914年、第一次世界大戦が始まり、40万人ほどの兵士を送り、6万人戦死。 第二次世界大戦では、3万人以上の死者を出しました。
 1970年代からは、移民から成る、それぞれの文化の共存を認める「多文化主義」(マルチカルチャリズム)を推進しています。

しかし、現状では、アボリジニや新移民者たちは、まだ英国系移民に比べて社会的に差別されています。 

第2次世界大戦で、日本軍によってダーウィンを中心とする一帯にさまざまな攻撃を受け、
オーストラリア兵も虐待を受けたり、重労働をさせられたりしました。 
未だにその心の傷は残っていて、
関係する人達の中には、日本や日本人に対する怒りを抱いている人も少なくありません。

今日、NHKで(2013年8月25日放送)北朝鮮にいた在留邦人の引き揚げのことを、とりあげていました。
当時日本人は25万人がいたそうです。
中立条約を破ったソ連軍が進駐、引き揚げ費用の問題で(渋った)正式に引き揚げさせたのは、数千人で
日本政府も消極的(大量の引き揚げ者帰って来られては困る、という理由で、知らんぷり
アメリカも北朝鮮国境から自力で脱出してきた日本人の食糧や輸送費、伝染病に困って
ソ連軍に北朝鮮国境をもっと警備して欲しいと伝達。
1日1.000人以上の越境者が2人という、厳しい警備(射殺)にアメリカは、ソ連に感謝状を送っている。
結局終戦後であっても日本にたどり着いたのは、22万人。3万人が死んだ。戦中でないのに、....。


つまり、民間人のために考えた国は、どこにもなかった。ていうことです。
一番の罪は、日本政府という、実体のない虚像。
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