アレサフランクリンすい臓がんで2018年8月16日死去76歳

2019年8月18日
LET it Beのカバー曲を聴いて検索したら
去年の8月16日に亡くなられていた。
書かなくちゃと思い、、、。
アレサフランクリン1.jpg
ゴスペルとソウル・ミュージック歌手
強い歌唱を持ち味としており、その圧倒的な歌声で、“クイーン・オブ・ソウルと呼ばれていた。


メンフィス(マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師が暗殺された場所)の1942年(昭和17年)生まれ、デトロイト育ち。
父は説教者(牧師)、母ゴスペル歌手。両親は、アレサが幼い頃から別居、父のもとで育てられ、父の教会でゴスペルを歌っていた。

1961年{19歳)にはコロムビア・レコードからデビュー。彼女をポピュラー・シンガーとして売り出し、失敗・


1966年11月、アトランティック・レコードに移籍。
彼女のゴスペル・フィーリングを前面に、
第1弾シングル「I Never Loved A Man (The Way I Love You)」(1967年2月)と
アルバム『I Never Loved A Man The Way I Love You』(1967年3月)をヒットさせた。
1967年4月、オーティス・レディングのカヴァー「Respect」で全米1位を獲得
「チェイン・オブ・フールズ:Chain Of Fools」(ドン・コヴェイ)、
「ナチュラル・ウーマン:(You Make Me Feel Like) A Natural Woman」(キャロル・キング)、
「小さな願い:I Say A Little Prayer」(バート・バカラック、ハル・デヴィッド)、
「明日に架ける橋」(サイモン&ガーファンクル)など。

1974年「アンティル・ユ-・カム・バック・トゥ・ミー」(スティーヴィー・ワンダー作曲)
1970年代後半のディスコ・ブームの時代からは、ヒットに恵まれない時期が続く。
2003年のアルバム『So Damn Happy』をもって引退を表明したが、それを撤回してライブなど精力的に活動した。

グラミー賞受賞回数は20回で、女性としては21回受賞のアリソン・クラウスに次ぐ記録である。
1987年、女性アーティストとして初めて『ロックの殿堂』入りを果たした。
2011年「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」において第1位に選ばれている。
2018年8月16日9時55分、膵臓がんのため、ミシガン州デトロイトの自邸で死去。

Let it Be



★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
画像


A関西ニュース(京阪神地区大阪・兵庫・京都・滋賀・奈良・和歌山・三重県)の
オープン、キャンペーン、イベント・お得情報を無料で告知する



「A関西ニュース」関西パブリシティニュースサイトhttp://pubnews.at.webry.info/




★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
映画レビューhttp://cinema-eiga.at.webry.info/
※トップページ右横マイリンクから飛べます
画像





★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
全国の都道府県の広告なら、おまかせください!
テレビ・ラジオ広告他のリスト・料金一覧が載っています。
もちろんご相談無料です。
効果のある広告をアドバイスいたします。
大阪・広告代理店メディアバルーン大阪営業所
TEL06-6881-0456 mail aaa@a-ad.net URL http://a-ad.net
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


画像

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック